インタビュー概要
住宅型有料老人ホームの先駆けとして、入居者を第一に考えたケアプランと医療・介護に強いサービスを提供してきた、株式会社ライフケア。実践的な経営手法で前例のない挑戦を乗り越えてきた同社が、なぜM&Aを決断するに至ったのか。決断の裏にあった経営者としての苦難と、M&A成功の先に見据える未来について、創業社長の氷室京介氏にうかがった。
インタビュイーのご紹介
株式会社カイプラネット
代表取締役社長
氷室 京介
愛知県において株式会社ライフケアを創業しました。居住系介護施設14施設の運営や通所介護事業などの介護事業を行う企業に成長させたのち、当社を2020年11月に株式会社メディカル一光グループに譲渡されました。現在は、食事を中心とする介護経営に必要な商品を提供し、介護経営のサポートを行う株式会社カイプラネットの社長として活躍しています。
誰もが人生の最後を安心で
充実したものに
できるように介護の道へ
Question
まずは、株式会社ライフケアを創業された経緯からお聞かせください。
氷室(譲渡企業)
創業を決意したのは、31歳の時のこと。当時は看護師として病院に勤めていました。
日々の仕事で老人保健施設や特別養護老人ホームなどの介護施設と関わらせていただく中、私が感じていたのは医療・介護現場の「質」に関する課題です。「弱っている人に、清潔で温かな毛布と栄養のあるスープを」というナイチンゲールの精神を学び、現場に出た私が目の当たりにしたのは、口腔ケアや身だしなみ、また食事の介助など、根本的なケアが疎かにされている介護の現場でした。
この先やってくるのは、「超高齢化社会」です。高齢者の人口はさらに増え、施設や人手が不足し、サービスやケアの質の低下はさらに加速していくでしょう。
こうした状況を見て「介護施設は質が低い」と批判するのは簡単で、誰にでもできること。
自分がすべきことは、医療・介護の知識と経験を活かして、入居者の方にきめ細やかなサービスを届けることであり、また施設に入居しながら医療的なケアが受けられる体制を整えることです。嘆く前にまずは自分でやってみようという思いで株式会社ライフケアを立ち上げ、創業当時から「医療・介護・薬剤」の3軸でのサポートを提供してきました。
Question
当時の介護施設としては、珍しい観点だったのではないでしょうか。どのように事業を始め、拡大していかれたのですか?
当時は介護保険制度が始まったばかりで、金融機関でもなかなか資金が借りられずに苦労しました。そこでまずは、近所の大学の使われなくなった学生寮で、宅老所からスタート。毎月の賃料をお支払いする代わりに地主さんに建物の整備をお願いしたり、また看護師になる前に職人をやっていた経験を活かして、色塗りや立て付けは自分で行ったりしていましたね。その後、施設の拡大展開を目指すようになりますが、施設を一つ立ち上げるには、土地を買って建物を建てて…と非常に大きなお金が必要です。そうなると、例え地方都市であっても資金繰りが難しくなりますよね。そこで今度は相続税対策として施設を建ててくださる地主さんを探すために、多くの情報を持つ不動産会社と組むことを決断。それをきっかけに一気に事業を拡大していきました。Question
あまり前例のない取り組みなのではないかと思いますが、どのように経営手法を身につけられたのでしょうか。
とにかくプレーヤーであり続け、実践的に学びながら展開していきました。自分で求めていなくとも、経営を進める中でそこここに壁が用意されているのです。資金調達のためには会計の知識が必要ですし、人材を集めるとなると広告の運用や面接を自分でしなければなりません。そうして壁に出会うたびに、一つひとつ勉強して乗り越えてきたという感じですね。Question
誰かに教わることなく、ご自身で道を切り開いてこられたのですね。数々の挑戦と苦労を経験される氷室様を、施設の展開に向けてつき動かしていたのは、どのような思いだったのでしょうか。
質の高い介護施設。その自分の夢を叶えるだけなら、一つの施設だけでよかったのです。でも、これから会社が末永く存続し続けられるかを考えたときに、一施設の利益だけでは当然厳しい状況になります。
ただ「いい施設を作ろう」ではなく、それをきちんと拡大していくことで、会社を存続させ、入居者さまに質の高い介護サービスを提供し続けることができる。だからこそ、大変であったとしても施設を展開していきたい、という思いでした。
地道に積み重ねた資本を、一度全てつぎ込んで施設を展開。13年ほどかけて全部で15の施設と2、3のフランチャイズを打ち立て、上場を目前にするところまでこぎ着けました。
Question
順調に施設を展開されて、それでも上場の道を選ばれなかった理由を教えてください。
株主のためではなく、従業員と入居者さまのために働く企業でありたい、という思いを譲ることはできなかったからです。この先さらなる利益追求を求められたときに、本来の目的である「質」を守り抜くことができるのか。そう自問した時に出た答えは、「今の自分が担うべきものは、株主の期待に応える利益を出すことではない」というものでした。もちろん上場への思いが消えてなくなる訳ではありませんが、仕事に嘘はつけませんでしたね。自身の新たな夢と
介護現場の未来を見据えてM&Aを決断
Question
介護現場に対する強い思いを持ってここまで会社を成長させてこられた中、M&Aを検討するようになったきっかけは何だったのでしょうか?
確かに会社は成長しました。自分の思いを受け継いでくれる従業員がいて、みなで入居者さまを大切にして。そして利益を出し企業として存続することもできています。しかし「有料老人ホームで全国展開をしたい、一つひとつの県で質の高い介護サービスを提供したい」という自身の夢を見つめ直したときに、限界を感じる部分が少なからずありました。
「少しでも質の高い介護を、広く届けたい」とどれだけ強く思っても、思うだけでは実現は難しく、そこには資金が必要です。全国に展開を続けていつか経営が苦しくなった時に、「質」を守り続けることができるのだろうか、と疑問が生まれるようになって。
そんなときに、いくつかのM&A仲介会社から連絡をもらうようになったのが、一つのきっかけでした。
Question
ご自身の大きな夢を前にしても、「質」を守ることが、変わらぬ軸であり続けたのですね。
そうですね。そして、そのように経営に課題を感じ始めたころ、同時に自分の中で新たなやりたいことが具体的なイメージを帯びるようになっていきます。
介護の業界には、ご存じの通り、慢性的な人材不足や虐待などの問題があります。それを解決するために必要なのは、施設がきちんと利益を得ること。しかし、必要な経営ノウハウなんて誰も教えてはくれません。
私がこれまで実践的に身につけてきた介護経営のノウハウを広く伝え、有料老人ホームや介護施設がきちんと利益を得ることができるようになれば、人材の確保やコンプライアンス、サービスの向上のためにお金や時間をかけることができる。その実現のために、介護施設のアウトソーシングの会社をつくりたい。それが、自分にできることであり、使命だと思ったのです。
今の施設と同時進行でそれを進めることは、もしできたとしてもとても苦しいし、守るべき「質」を落とすことにつながりかねません。自分も若くはないですから一度リセットすることが必要だと考えて、新しく成し遂げたいことのために、売却を本格的に検討するようになりました。
Question
成し遂げたいことのためとはいえ、ここまで育て上げてこられた会社を売却する決断は大きなものだったのではないでしょうか。共に歩むパートナーを選ぶ決め手はどのようなものでしたか?
連絡をもらったM&A仲介会社のうち3社の中でパートナーを検討していたのですが、唯一医療・介護についての深い理解があるなと感じたのが、レコフさんの担当者の方でした。もちろんみなさん勉強はしてきてくれますが、そういった「知識」ではなく、この方が経験されてきたことだろうと分かる、安心感がありましたね。そして営業マンとして「数字を出さなければいけない」という事情がある中でも、私の思いを一番くみ取ってくれたのが彼でした。この社長はすぐには動かないなとご判断されたのでしょう。当然抱えていたであろう焦りすら感じさせることなく、決断までとことん付き合ってくれたんです。彼に魅せられて最終的に決断をすることになりましたし、良い人材を採用・育成されているんだなと思いました。Question
鍵になったのは決して金額や条件ではなく、担当者の知見や人柄だったのですね。
私は引退するわけではありませんから、「売って終わり」では意味がないんです。求めていたのは、この先の新しい夢の実現と介護現場の未来を見据えた、手段としてのM&Aであり、その道のりを共に歩んでもらえる「ブレーン」の存在です。最終的に売却に踏み切ったのは、人脈を作るためだったのですから。私が金額面で譲ることは最後までありませんでしたが、それでも諦めずに追い続けてくれた姿に、「売って終わり」ではなく、きっと長く付き合っていけるだろうなと感じ、心を動かされましたね。M&Aは、一つの手段。
“その先”を見据えて
共に歩めるパートナーを
見つけるために
Question
無事成約された現在のご状況や、今後の展望をお聞かせください。
現在は新たに、介護業界に特化した総合支援サービス会社を立ち上げました。介護食の提供を中心に、外国人の特定技能人材をアシストしたり、介護・事務用品などを扱う通販サイトを運営したり。私がこれまで経営をする中で直面してきた、食事や人材、入居者募集などの課題を解決すべく、5つのサービスを展開しています。介護は病院での「治療」と違ってあくまでも生活の一部ですから、可能性は無限に広がっていると思っています。今の5つのサービスをきっかけに、ここからさらに発展させていくつもりです。Question
ご自身が施設を経営されるのではなく、施設経営をされる方の支援を始められたのですね。氷室様のぶれない軸として、介護の現場に対する強い思いを感じます。
この国の介護は、転換期に来ています。介護事業にお金がきちんと支払われなければ、いずれ質はさらに悪くなっていきますし、そのことに気がついていない人が多いのが現状です。しかし嘆いてもしょうがないですから、自分にできることを考えて。おいしい食事を手頃な値段で届け、人材の不足を補填し、また高額な手数料を支払わなくても安心して施設に入居できるようにシステム化を実現する。それが、自分が最後にやるべきことかなと思っています。Question
最後に、今回のM&Aをどのように振り返られますか?お気持ちをお聞かせください。
経営者は誰しも社員や家族には言えない悩みを抱えていて、その内容は資金繰りや人材の問題、会社の将来のことなど幅広く尽きないものです。しかし悩みはさまざまでも、共通して言えるのは「誰に相談して良いのかわからない」ということ。「事業継承をどうするか」「本当に売却をするのか」というM&Aありきの視点ではなく、もっと先を見据えて、まずは一度M&A仲介会社に愚痴をこぼしてみてもいいのでは、と思います。会社の今後を共に考えてくれるブレーンとして、業界や経営をよく理解しているパートナーを見つけて。その先のことは、またそれから時間をかけて判断すれば良いのだと思います。
本件のアドバイザー
株式会社レコフ 代表取締役
小寺 智也
野村証券にて、2年間個人営業に従事したのち、2012年にレコフへ入社。レコフでは入社以来一貫してヘルスケア業界(介護、医療、薬局等)を担当しております。
お客様の想いに寄り添い、一緒に課題を解決し、ベストな答えを導きだすべくお手伝いをさせて頂いております。
出身地は兵庫県で、マイブームは筋トレです。ボディビルの大会に出てみたいと考えています。