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事業譲渡による社員への影響と対策

M&A初級編

2024.08.28更新日:2024.08.28

売り手が事業譲渡を検討する際に論点の1つとなるのが、社員の引き継ぎについてです。事業譲渡時に社員の転籍を伴う場合に、どのような手続きが発生するのか、社員にとってどのような影響が生じるのかについては、気になる企業経営者の方も多いのではないでしょうか。

この記事では、

  • 事業譲渡時が社員に与える影響
  • 社員に転籍を同意させるポイント
  • 労働契約の転籍を断られたときの対処法

などについて解説しています。不採算部門の切り離しをご検討中であれば、押さえておきたい「事業譲渡時の社員の取り扱い」に関するポイントに焦点を当てていますので、企業経営者の方にはご一読をおすすめします。

目次

事業譲渡とは?

事業譲渡は、M&Aスキームの1つで、既存の会社から事業の一部あるいは全部を切り離し、他の会社へ譲り渡す手法を指します。売り手は会社を存続させつつ、不採算部門を切り離し、買い手は必要な事業だけ譲受するという、比較的リスクの小さい方法で事業拡大の機会を得ることが可能です。

売り手にとっての最大のメリットは、承継事業の範囲を決められるという点でしょう。事業だけを売却する際には、買い手と交渉して、承継する権利・義務や資産・負債の範囲を細かく定めて、個々に移転手続きを行います。事業範囲には、社員の雇用契約も含まれます。会社をまるごと売買する株式譲渡よりも手続きが煩雑化するものの、事業譲渡は自由度の高い売買取引といえます。

事業譲渡が社員に与える影響

買い手企業が事業を買収する目的の1つに、「人員確保」があります。そのため、事業の買い手が社員の雇用引き継ぎを望むケースは珍しくありません。では、事業譲渡によって転籍する社員には、どのような影響が考えられるのでしょうか。結論からいうと、事業譲渡後も働き続けることができます。ただし、雇用契約を引き継ぐことはできないため、社員に対する影響は事業譲渡の内容、買い手の意向、社員の役割・立場によって異なります。環境の変化に納得できず転籍を拒む社員もいれば、退職を希望する社員も出てくるでしょう。

M&Aによって転籍に同意した社員は、事業譲渡後も買い手企業で働き続けることができます。雇用契約を買い手企業へ、そのまま引き継ぐことはできません。その理由は、売り手企業と買い手企業では、就業規則・各種規程が異なるためです。社員を引き継ぐためには、買い手企業と社員が新たに雇用契約を結び直す必要があります。

事業譲渡を完遂するためには、承継する事業の義務・権利の承継手続きを終える必要がありますが、その中に社員の転籍手続きも含まれます。そのため、新たな労働条件については、事前に説明を行う必要があり、社員からの同意を得られなければ事業譲渡の締結ができません。社員が何らかの理由で転籍を拒んだ結果、M&A取引が白紙に戻ってしまったという事例もあります。

しかし、一般的には、事業買収する余力がある企業へ転籍するうえ、該当事業に対して経験・スキルを有する社員であるため、待遇が維持されるケースがほとんどです。転籍によって、社員の労働条件が著しく悪くなることは滅多にありません。

社員を引き継ぐ際のポイント

社員を買い手企業に引き継ぐ際に覚えておきたいのは、売り手企業・買い手企業だけではなく、社員本人の合意も必要であるということです。事業譲渡で社員の転籍を伴う場合、売り手企業・買い手企業の経営陣が合意をしていたとしても、社員本人は「転籍を拒否する」、あるいは「買い手企業と新たな雇用契約を結ぶことを拒否する」ことができます。

事業譲渡の成立後に売り手企業・買い手企業から社員をリストラするケースはほとんどありません。しかし、社員が自ら退職を申し出ることで、人材が流出してしまうケースはあります。これは、売り手企業に残る社員、買い手企業に転籍した社員の双方に共通するリスクです。

事業譲渡時に社員が辞めてしまう理由としては、愛着のある企業から離脱させられる不信感や、買い手企業の社風・文化に馴染めないストレス、自社ブランドが扱えなくなる絶望感などが考えられます。このような事態を防ぐためにも、以下のような対策を講じるのがよいでしょう。

社員のためになる買い手企業を選ぶ

社員は一旦売り手企業を辞職し、買い手企業に就職するという形で転籍します。社員の待遇は買い手企業に左右されるため、売り手は慎重に取引先企業を選定しなければなりません。

給与・勤務時間、勤続年数、退職金・年金、有給休暇の扱いについては、買い手企業に委ねることになります。買い手企業が、勤続年数を給与・退職金に反映させている場合、これまでの勤続年数を引き継げないと、不当に給与が低すぎたり、受け取られる退職金の額が減少してしまったりと、承継予定の社員は不当な待遇を受けることになるでしょう。また、買い手企業の社風や経営理念に差異がないか、という問題も重要です。転籍をした社員の待遇が悪くならないよう、社員にとってメリットのある形で、事業譲渡を進める必要があります。

段階的に情報開示を行う

社員からの反発や人材流出をできるだけ防ぐためには、情報開示のタイミングが重要です。厚生労働省からの指針によると、転籍予定の社員・労働組合から真意による合意を得られるよう、事業譲渡の状況や買い手企業の概要、転籍後の労働条件などを十分に説明する場を設け、承諾に向けた協議を行うよう記されています。

ただし、M&A取引は秘密保持契約を締結したうえで進めるため、社員に情報開示する際には慎重になる必要があります。一斉に開示するのではなく、まずは取締役に開示し、その後に管理職へ伝え、最後にすべての社員に公開することになるでしょう。

全社員に「事業譲渡をする」という情報開示は、事業売買契約を結ぶ前までに行われます。突然告知すると社員の不信感を煽ってしまいます。また、告知が早すぎると社員の拒否で、売却を白紙に戻せる可能性があるため反発が起きやすくなります。ただし、最終契約が締結されなければ、社員に対する具体的な処遇が確定しないので、詳細については売買契約の締結後に改めて伝えることが一般的です。

一方で、事業に欠かせない社員が存在する場合は、肩書きを問わず早い段階で情報開示を行うケースもあります。このような重要人物がいる場合、特定の社員から移転同意書を得ることを条件に、売買契約を締結する旨を規定することも珍しくありません。

社員の解雇・雇い止めが避けられないときの対応

M&Aによる事業譲渡や組織再編を行っても、会社の経営状況が安定しない場合は、社員の解雇を検討する企業経営者の方もいるかもしれません。ただし、社員を解雇するためには労働法に基づいた雇用調整を行う必要があります。

具体的にいうと、解雇には合理的・論理的な理由が必要であり、社会通念上も解雇が妥当であると認められなければなりません。買い手企業への転籍拒否を理由に、一方的な解雇を行った場合は「解雇権の乱用」と見なされ、解雇措置が無効となります。

事業譲渡に伴う会社都合の解雇(整理解雇)の場合は、以下4つの要件を満たしていなければなりません。また、社員を解雇する場合には、少なくとも30日以上前に通告するか、30日分以上の平均賃金を支払うことが求められます。

<整理雇用の要件>



経営上の必要性
経営不振で倒産寸前といった、解雇を行わないと経営維持ができない状況が客観的に認められる。



解雇回避の努力
役員報酬の削減・不要資産の処分・配置転換・在籍出向・賃金カットなど、整理解雇を回避する
ため、最大限の収支改善対策をすでに講じている。


人選の合理性
解雇対象者を選定する基準が合理的で、全社員を対象とした基準に沿った運用が行われている。


労使間での協議
整理解雇の必要性・人選の基準などについて社員と協議し、納得を得るための努力を尽くしている。

解雇は無期労働契約で雇用している社員の処遇ですが、有期労働契約で雇用している社員については、契約更新を拒否する「雇い止め」を実施できます。雇い止めは原則として違法ではありません。しかし、労働契約法19条(有期労働契約の更新等)には、雇い止めが例外的に無効と認められる条件について明記されています。以下の条件に該当するときには、雇い止めは無効となります。

<雇い止めが無効になる条件>


実質的な
無期雇用者
有期労働契約が過去に何度も更新されたことがあり、実質的に無期雇用者と変わらない状況にある。

更新を期待させる
状況
有期労働契約の更新に期待が生じる合理的な理由が認められる。

労働契約の転籍を断られたら?

買い手企業へ社員を承継させるためには、転籍予定の重要員全員から同意を得なければなりません。その際には、社員が転籍を拒否する可能性も考えておいたほうがよいでしょう。

社員は事業譲渡の影響を大きく受けます。買い手企業が勤務地から遠すぎる、労働条件に不満があるなど、正当性のある理由で転籍を拒否することもあるかもしれません。社員が同意を拒否した場合には、同意できない事情を考慮して説得を行い、以下のような妥協案を提示することになります。

雇用継続

もし、社員が転籍・新雇用契約を拒否した場合、買い手企業は転籍に同意した社員を選別して受け入れる、といった対策を講じることもあります。その際には、転籍拒否した社員を売り手企業で継続雇用します。地理的条件や労働条件を理由にした雇用継続では、配置転換という措置を講じることになるでしょう。同意できない理由が精神的な拒絶感であれば、在籍出向という形で転籍予定の企業へ赴いてもらい、買い手企業に馴染んでもらうという試みも1つの案です。

退職勧奨

社員との協議を十分に行ったものの転籍に同意を得られず、配置転換や在籍出向も拒否され、結果として雇用継続が難しい社員が存在する場合には、退職勧奨も選択肢に入るでしょう。

しかし、社員には本来、退職勧奨に応じる義務はありません。以下のような執拗な勧奨は「退職強要」とみなされ違法となり、損害賠償責任が生じます。強要とみなされないよう、面談回数や言動には十分に注意しましょう。実際に「退職強要」とみなされた判例は、以下の通りです。


長時間・多回数の
面談
・4ヶ月の間に30回以上の退職勧奨
・8時間もの長時間にわたる面談

多人数による
強要
・上司5名が社員1名に対し長時間にわたる面談

不当な影響を
与える言動
・「合意に至らないと解雇する」「賃金を減らす」「解雇の場合は退職金を支払わない」といった発言

侮辱的な言動
・「能力がない」「給料泥棒」といった発言

不当な
配置転換・
業務内容
・仕事を与えず1人部屋に隔離する
・業績の上がらない過小な業務を割り振る

威迫行為
・怒鳴る、机を叩くといった威迫行為を行いながらの退職勧奨

もし、退職勧奨がうまくいかない場合は、やむを得ず解雇を行わなくてはならないかもしれません。ただし、退職勧奨に応じないだけでは正当な解雇理由にならないので、解雇権乱用の法理に沿った処遇・手続きを行うことが大切です。

労働法に配慮した事業譲渡を行う

事業譲渡は、在籍する社員に多大な影響を与えることになります。転籍する社員は、所属する会社や労働環境が大きく変わるため、新しい環境に不安を覚えたり、事業を切り離すと決断した自社の経営陣に対して、不信感を抱いたりするかもしれません。社員の転籍を伴う事業譲渡では、雇用契約という法律に関わるポイントがあります。労働法に従った対応を行わないと、事業譲渡そのものが無効になってしまう恐れがあります。

会社だけではなく、社員にとっても事業譲渡は大きな影響を与える試みです。売り手企業としては、社員の意見に耳を傾け、懸念・不安や不信感を払拭するような周知・行動を積極的に行うことが求められるでしょう。事業譲渡の買い手を見つけることもそうですが、労働法の細かな注意点や規定、さまざまな条件を踏まえて手続きを企業経営者や実務担当者の方だけで、行うのは難しいかもしれません。疑問や不安があれば、事業譲渡の検討段階から専門家へ相談してみることをおすすめします。

規模を問わず
さまざまな案件に携わった
M&A助言会社・レコフの強み

1987年に創業したレコフは、
M&Aの助言者としてさまざまな案件に携わってきました。
事業譲渡はもちろん、さらに煩雑な合併・会社分割や
上場企業間のM&A案件にも関わり、
20,000社を超える企業とのネットワークも培っております。
さらに、各業種・業界の動向をいち早くキャッチする担当部署を設け、
M&A支援に生かしているのもレコフの強みです。
各業種・業界の最新動向に合わせた
事業譲渡や買い手の斡旋にも対応できますので、
M&Aにて事業譲渡をご検討中の企業担当者の方は、
ぜひお気軽にご相談ください。
詳しくはこちらの「レコフの強み」でご覧いただけます。

監修者プロフィール

株式会社レコフ リサーチ部 部長

澤田 英之(さわだ ひでゆき)

金融機関系研究所等で調査業務に従事後、政府系金融機関の融資担当を経て2005年レコフ入社。各業界におけるM&A動向の調査やこれに基づくレポート執筆などを担当。平成19年度農林水産省補助事業、食品企業財務動向調査委員、平成19年度内閣府経済社会総合研究所M&A究会 小研究会委員。著書・論文は「食品企業 飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-」(共著、株式会社ぎょうせい、2012年)、「データから見るIN-OUTの動向 -M&Aを通じた企業のグローバル化対応-」(証券アナリストジャーナル 2013年4月号、公益社団法人 日本証券アナリスト協会)など。

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