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M&A初級編
企業が新規ビジネスを立ち上げる際、どのように事業展開すれば成功するのか、経営者のみならず事業に関わるスタッフ誰もが関心を持つことでしょう。その方向性を決めるフレームワークとして有名なのが「アンゾフの成長マトリクス」です。このフレームワークは、ロシア生まれの経営学者で「企業戦略の父」とも呼ばれるイゴール・アンゾフによって提唱されました。ビジネスを4つのカテゴリーに分類して、どの戦略を取るべきかが分かる手法として、多くの企業が導入し新規ビジネスを成功に導きました。今回は、アンゾフの成長マトリクスの内容や、どのようにして新規ビジネスを成功させたのか、企業事例も合わせて紹介します。
アンゾフの成長マトリクスとは、企業の成長戦略のためのフレームワーク(考え方の枠組み)です。経営学者のイゴール・アンゾフ氏が、自身の著書「Corporate Strategy(邦題 企業戦略論)」で提唱した理論で、企業が新しいビジネスを展開するにあたり、どんな方法で進めれば成功に導けるのか、その方向性を決めるツールとして活用されています。
アンゾフの成長マトリクスでは、「製品」と「市場」の2つの軸で分析し、さらに「製品」を既存製品と新製品、「市場」を既存市場と新市場に分けて、それぞれのパターンを対比させることにより、次の4象限に分類し、今後取るべき戦略を「見える化」します。
製品軸 | |||
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市場軸 | 既存製品 | 新規製品 | |
既存市場 | ①市場新党戦略 既存市場に対して既存製品を投入して売上高やマーケットシェアの拡大を目指す |
②新規製品開発戦略 既存市場に対して新製品を投入して売り上げ拡大を狙う |
|
新規市場 | ③新規市場開拓戦略 新規市場で既存製品を展開して交渉力点スケールメリットを狙う |
④多角化戦略 新規市場で新製品を投入して新たな収益機会を狙う |
既に市場に進出している既存製品を使って事業を拡大したい場合には、「市場浸透戦略」が用いられます。プロモーション(広告宣伝)を行って認知度を高めることはもちろん、既存製品に対する価値観の転換によって、新たな顧客獲得を目指すのも市場浸透戦略の手法です。
マクドナルド
日本のファストフード産業を支えるマクドナルドが取った市場浸透戦略は、「朝マック」です。それまで、ハンバーガーと言えば昼食や夕食の代わりでした。しかし、「朝からハンバーガーを食べる」というプロモーションを実施し、「朝マック」を浸透させ、今では朝食としてハンバーガーを食べることに違和感はありません。また、子ども向け商品であるハッピーセットがあることで親子がそろってマクドナルドを利用する機会も創出しています。主力であるハンバーガーを売るためにはという基本に沿って地道に市場浸透戦略を実施してきた結果、食べたい時に食べるという需要を浸透させました。
ケンタッキー
ケンタッキーの市場浸透戦略は、「日常的に食べるもの」というイメージ戦略です。かつては、クリスマスや誕生日など、特別な機会に食べるものというイメージでした。そこで、より手に取ってもらえる回数を増やすため「今日、ケンタッキーにしない?」というキャッチコピーとともに、ふとした時に食べたくなる・ランチとしてケンタッキーを食べるといったプロモーションを実施しました。長く愛されているオリジナルチキンを手ごろな価格で食べられるセット商品にして販売することで、特別な日に食べるものから、気軽に食べられるものへとイメージ転換することによって市場に浸透させました。
既存市場へ新製品を投入し、事業の拡大につなげる戦略です。既存製品とは全く異なる商品や既存製品のモデルチェンジ品などが対象になります。新製品の場合は、知名度が課題になるでしょう。モデルチェンジ品では、従来品や類似製品との差別化が必要です。詳細なマーケティングリサーチや商品開発にコストがかかります。
コカ・コーラ
コカ・コーラは、企業の名前にもなっているコーラを始め、お茶やコーヒー、アルコール飲料など多くの飲料ブランドを展開しています。多くのブランドを抱える中で蓄積されたノウハウは、製品開発に活かされ成功を収めています。例えば、コカ・コーラから販売されている綾鷹はそれまで当たり前だった「ペットボトルのお茶はクリアである」という概念を覆し、あえてにごりを持たせ「急須で淹れたような味わい」の再現にこだわりました。開発は困難を極めたと言いますが、現在では、ほうじ茶や濃い緑茶、特選茶(トクホ)と商品ラインナップも充実しています。1つの飲料開発から始まり、多岐にわたる製品を開発できるのがコカ・コーラの強みと言っていいでしょう。
プレイステーション(ソニー)
プレイステーションは、ソニーから販売されている家庭用据置き型のゲーム機です。ソニーがもともと持っていたハードウェア・3DCG技術や生産能力などを活用して開発されました。2020年に販売されたプレイステーション5は、巣ごもり需要も相まって高い関心を集めたのは記憶に新しい出来事です。本来は、ゲームをするためのものですが音楽会社も抱えるソニーが開発しただけありCDやDVD、現在ではBD再生も可能となっています。また、モデルチェンジを重ね、家に居ながらにして遠くのプレイヤーと対戦できるネットワーク機能やネット配信プラットフォームとしての機能など、「ゲームをする」だけにとどまらない製品となっています。
自社がまだ進出していない、または開拓されていない新しい市場に打って出る戦略です。既存製品を使用するため、商品開発にかかるコストを抑えつつ、事業を拡大できます。しかし、既にその市場を牽引している企業がいる場合は、どう差別化し認知度を上げて行くかが課題となります。また、理想とするスケールメリットが得られるかも見積もっておく必要があるでしょう。
富士フイルム
富士フイルムが行った市場開拓戦略は、フイルム技術を活かした新規市場への参入です。写真用フイルムの需要が落ち込む中で、培ってきたノウハウを活かせる別市場を開拓。その1つが、携帯電話用プラスチックレンズの開発販売です。もともと、使い捨てカメラに使われていたプラスチックレンズの開発技術を、携帯電話用レンズ作成に活かし、新たな市場へ参入したのです。その他、写真用フイルムの技術を応用して作られた液晶フイルムには、カメラやスマホなどの液晶を保護するものや視野角を拡大するもの、反射を抑えるものなどがあります。また、写真技術を応用して化粧品を開発し、スキンケア市場にも進出しています。
カルビー
カルビーから販売されている「フルグラ(フルーツグラノーラ)」は、もともとシリアル市場をメインとして販売されていた商品です。その市場の中において、フルグラのシェア獲得率は消して低くはありませんでした。しかし、日本のシリアル市場は頭打ち状態だったため、カルビーは「朝食市場」へフルグラを投入。参入当初のフルグラのイメージは、「忙しい時に食べるもの」でしたが、徐々に、「朝食として食べるもの」へシフトチェンジを図り、100億円の売上げを達成するまでになりました。
新たに参入する市場へ新規製品を投入して業務拡大を狙う戦略です。未知の市場への挑戦となるため、市場調査や商品開発にかかるコストと新規参入で得られる利益を慎重に見極めなくてはなりません。しかし、事業を多角化することで収益経路が分散されるため、リスクに備えることができます。
セブンイレブン
コンビニエンスストア大手のセブンイレブンは、小売業だけでなく自社製品開発や料金収納、セブン銀行ATMの設置、宅配受付などの多角化戦略を行っています。セブンイレブンが取り入れている多角化戦略は、1つの店舗内で展開できるという点において、関連事業の多角化とも言えます。 同様にコンビニエンスストア業界では、店舗内で完結できるサービスを取り入れて多角化を図っている企業が多くあります。
ヤマハ
オルガン制作からスタートしたヤマハの歴史。音楽関連企業として想起されるヤマハは、AV機器の開発販売、音楽教室といった音楽関連事業への多角化戦略を行う一方で、英語教室、リゾート開発など、音楽業界とは全く異なる分野への非関連多角化戦略も図っている企業です。 また、海外企業へのM&Aを行っているのも、多角化戦略の一環と言えるでしょう。
アンゾフの成長マトリクスの戦略と事例を紹介しました。取るべき成長戦略は、企業の規模や事業内容、資金などによって異なります。また、新たな戦略を打ち出す前には、精度の高いデータを集め、効果を最大化できる市場を分析することが必須。そのために、自社のリソースだけでなく第三者に入ってもらい、客観的な立場からコンサルティングを受ける企業もあります。M&Aでは、企業価値を最大化させることだけでなく、それまで培われてきた企業文化を尊重することも必要です。
監修者プロフィール
株式会社レコフ リサーチ部 部長
澤田 英之(さわだ ひでゆき)
金融機関系研究所等で調査業務に従事後、政府系金融機関の融資担当を経て2005年レコフ入社。各業界におけるM&A動向の調査やこれに基づくレポート執筆などを担当。平成19年度農林水産省補助事業、食品企業財務動向調査委員、平成19年度内閣府経済社会総合研究所M&A究会 小研究会委員。著書・論文は「食品企業 飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-」(共著、株式会社ぎょうせい、2012年)、「データから見るIN-OUTの動向 -M&Aを通じた企業のグローバル化対応-」(証券アナリストジャーナル 2013年4月号、公益社団法人 日本証券アナリスト協会)など。
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