平日9:00〜18:00
業界別M&A
M&Aとは、合併・買収などの手段によって、複数の企業や事業を統合する動きのことです。日本の高齢化が進み介護需要が増大する中、介護報酬の抑制や人材不足といった課題を背景に、介護の世界でも業界再編の動きが活発化しています。
当記事では、介護業界におけるM&Aの手法や動向、実施する際のメリットやデメリット、ポイントなどを解説します。介護業界M&Aについての基本的な知識を幅広くカバーしているため、興味がある方はぜひご一読ください。
介護業界は、高齢者や障がい者の日常生活を支援するサービスを提供する事業の総称です。
施設形態には特別養護老人ホームや介護老人保健施設、有料老人ホームなどの「施設介護」と、訪問介護などの「在宅介護」の2つに分けられています。また、提供する介護サービスも「入所系・居住系」「通所系」「訪問系」に分けられており、それぞれ異なる形態で高齢者のケアを行っていることが特徴です。
介護業界におけるM&Aの利点は、経済的な面と専門性の向上です。経済規模の拡大による経営効率の向上、専門知識や技術の共有は、サービスの質を高めるために非常に有効です。
また、介護保険制度の始まりから20年以上が経ち、高齢化する創業者と後継者不足の問題が浮き彫りになっています。そのため、M&Aを通じて事業の継続や新たな価値の創出を図る動きも少なくありません。
介護業界の現状として、高齢化社会の進展に伴い、要介護認定者数や介護サービスの利用者数が増加していることが挙げられます。総務省統計局によると、2023年9月時点での65歳以上の高齢者人口は約3,623万人に上り、総人口に占める割合は29.1%です。2040年にはさらに増加し、34.8%に達すると予測されています。
(出典:総務省「統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-」 https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics138.pdf )
このような市場の拡大にもかかわらず、介護業界の人材不足は深刻です。特にケアマネージャーや介護職員の不足が顕著で、賃金の低さや労働条件の厳しさが原因とされています。
さらに、介護報酬の切り詰めによる収益性の圧迫、施設の設備投資や人材育成に必要な経営資源の確保の困難さも課題です。
介護業界では、生産性の向上に向けてICT化、AIやロボットの導入が進められていますが、これらの課題への対応は容易ではありません。以上の背景から、M&Aが介護業界の課題解決の手段として注目されています。
介護業界でのM&Aには「事業譲渡」と「株式譲渡」の2つの主な手法があります。それぞれ特徴とメリットが異なるため、状況に応じて適切に選択することが、成功への鍵となります。
事業譲渡 | |
---|---|
事業譲渡は、会社が運営する事業の一部または全部を別の会社や組織に売却する手法です。この方法で移行するのは事業のみであり、会社の経営権自体は売却されません。譲渡される資産を選択できるため、特定の事業部門や資産を効率よく売却できます。また、経営リソースを適切に配分しやすく、会社の経営方針や戦略に基づいた柔軟な対応が可能です。 |
株式譲渡 | |
---|---|
株式譲渡は、会社が所有する株式で取引する手法です。株式の過半数以上を売却することで、会社の経営権自体が移行します。この手法の最大のメリットは、他のM&A手法に比べて手続きが比較的簡単である点です。譲受側が経営権を得ることで会社の運営方針や戦略の大きな変更が可能となるため、経営の刷新や新たなビジネスモデルの導入に適しています。 |
事業譲渡は特定の事業のみを効率よく移行させたい場合に、株式譲渡は会社全体を手放したい場合に選ばれることが多い手法です。それぞれの手法を理解し、慎重に選択しましょう。
介護業界では、さまざまな要因によりM&Aが活発化しています。その中でも特に多いのが、慢性的な人材不足の解消や経営者の高齢化に伴う事業承継の問題、成長産業への参入希望、そして有料老人ホーム市場の拡大といった理由です。
以下では、介護業界におけるM&Aの動向を4つの観点から解説します。
介護業界では、慢性的な人材不足が深刻な課題です。この課題に対応するため、人材確保を目的としたM&Aが増加しています。同業種の企業を買収することで、スキルやノウハウを持つ従業員の獲得が容易となるためです。
M&Aによって事業規模が拡大すると、従業員にはキャリアアップのチャンスが生まれます。例えば、一般職員がリーダーとして他の施設に移動する機会が増えるといった具合です。
また、企業にとっては人材育成に積極的な姿勢をアピールすることで、新たな人材の確保が容易になるのも1つのメリットです。
介護業界では、事業承継を目的としたM&Aが増加しています。介護保険制度がスタートした2000年から20年以上が経過し、多くの経営者が高齢化しています。結果、事業の継続が困難になっているだけでなく、後継者がいない施設も珍しくありません。
また、創業時に異業種から参入した企業では、後継者が事業を引き継いだ後、選択と集中の考え方から介護事業を売却するケースが見られます。M&Aによる他社との合併や事業譲渡を通じて、事業の継続問題解決や新たな価値創出の可能性が拡がっている状況です。
近年、介護業界は異業種からの参入が盛んな状況となっており、今後もその傾向は続くと予想されます。成長産業とされる介護業界への関心が高まる中、ゼロからの参入ではなく、介護事業を展開する既存企業をM&Aによって取得するケースが目立ちます。
特に、警備会社や不動産会社など、主力事業の先行きに不安を感じる企業からの参入が顕著です。また、医療機関による介護事業への参入も増えており、在宅医療の普及を背景に患者の受け皿として介護事業を展開する動きが見られます。
株式会社が運営する有料老人ホームは、特別養護老人ホームや介護老人保健施設と比べて、M&Aにおける譲受候補が多くなっています。
有料老人ホームの開設には、都道府県への届出や事業者指定、労働福祉法や介護保険法などに基づく基準など、厳しい要件を満たさなければなりません。また、そもそも特養は社会福祉法人、老健は医療法人でなければ運営できないため、譲渡対象が限定されます。
さらに、2006年の法改正による総量規制の結果、介護付き有料老人ホームの新規開設が難しくなりました。これらの規制により、事業拡大を目指す場合の唯一の現実的な手段として、有料老人ホームの買収需要をさらに高めているのが現状です。
介護業界のM&Aは、譲渡(売り手)側と譲受(買い手)側の双方に、それぞれメリットとデメリットがあります。どのようなメリット・デメリットがあるかの理解は、介護業界でのM&Aを検討する際に重要な判断要素です。
ここでは、各立場から見た介護業界M&Aの利点とリスクを解説します。
譲渡側にとっての介護業界のM&Aの主なメリットは、以下の5点です。
M&Aを通じて経営体力のある企業に事業を譲渡すれば、報酬改定の影響を受けにくい安定した経営基盤を築け、不安定な経営状況から脱却できます。これにより、事業の存続が可能となり、利用者にとっても安心してサービスを受けられる環境が整うでしょう。
また、譲渡先が大規模な企業であれば、従業員の雇用継続が叶います。従業員は新しい職場での経験を通じて、スキルアップやキャリアアップの道を広げることも可能です。
高齢化する経営者や後継者不足による事業継続の問題を、解決できるのも大きなメリットです。事業の存続と同時に、創業者は譲渡による利益を得ることができ、個人保証契約の解消などの財務的なメリットも享受できます。
以上のメリットは、介護業界の経営者が直面する課題に対して実効的な解決策を提供します。M&Aは、事業の安定と発展、従業員の福祉、そして経営者の経済的な利益を同時に実現する手段となり得るでしょう。
譲渡側にとっての介護業界のM&Aの主なデメリットは、以下の3点です。
売却する際、必ずしも希望通りの価格での取引ができるとは限りません。市場状況や譲受側の評価によっては、期待していた売却価格に達しないことがあります。
また、新しい経営方針によっては従業員の労働条件や待遇、現場の運営体制やサービスの質に変更が生じるケースも珍しくありません。従業員や利用者に不満や混乱を招く恐れがあります。
以上のデメリットは、事業売却を検討する際に十分に考慮すべき要素です。特に、従業員の雇用継続やサービスの質を保つには、譲受側との密なコミュニケーションが必要になります。
譲受側にとっての介護業界のM&Aの主なメリットは、以下の4点です。
M&Aで会社や事業を入手すると、新規で事業所を開設する場合に比べて、施設建設や土地取得などの初期投資を削減できます。財政的な負担が軽減され、事業展開がスムーズに進んだり、よりハイレベルな設備に投資したりできるでしょう。
また、M&Aでは、既存の施設の従業員をそのまま受け継げるケースが一般的です。人材不足が深刻な介護業界において、経験豊富な人材を一度に確保できるのは大きなメリットと言えます。
従業員と同時に施設利用者も引き継ぐことができるため、新規で顧客を開拓する手間が省ける点もメリットです。事業開始初期から一定の収益を見込め、赤字となる期間を最低限に抑えられます。
株式譲渡でM&Aを行う場合、既に取得されている介護事業の許認可に関しては、新たに申請する必要がありません。事業譲渡の場合は新規に申請する必要があるものの、以前の申請で提出済みの資料を確認できるため、手続きにかかる手間や時間を大幅に節約できます。
以上のメリットは、介護業界で新たな事業展開を行う際の大きな魅力と言えます。特に、介護業界の総量規制や許認可の問題を考慮すると、M&Aは業界への新規参入や事業拡大において効果的な手段となるでしょう。
譲受側にとっての介護業界のM&Aの主なデメリットは、以下の3点です。
経営主体が変わることで、元々働いていた従業員のモチベーションが低下し、従業員の大量離職を招く恐れがあります。介護業界は人材不足が常に問題となるため、従業員への配慮やフォローは十分に行いましょう。 また、譲受側が把握していない簿外債務や隠れた問題が、後になって発覚するケースがあります。リスクを避けるには、契約前の詳細な財務調査が不可欠です。 上記のデメリットは、事業の成功に直結する重要な要素であるため、M&Aを進めるにあたって譲受側が慎重に対応する必要があります。
介護業界でのM&Aを成功させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。介護報酬改定への対応・行政への届け出や認可の引き継ぎ・有資格者の継続雇用・賃貸借契約の再締結・補助金の取り扱い・専門家への相談といった要素が、成功の鍵です。
ここでは、介護業界のM&Aを実施するときのポイントを6つ解説します。
介護業界でM&Aを実施する際には、介護報酬改定への対応が重要なポイントです。介護報酬は、公的介護保険に基づいて決定され、3年ごとに改定されます。この改定は、介護業界の業績に大きな影響を与えるため、買い手企業・売り手企業ともにそのタイミングと内容を把握しておかなければなりません。
特に、2024年度の介護報酬改定では、すべての介護サービス事業者が財務状況を公表することが義務付けられました。これにより、事業所の財務状況を整理し、適切に公表する準備が必要です。M&Aを検討する際は、介護報酬が改定される時期も考慮して計画を立てましょう。
事業譲渡でM&Aを行う場合、行政への届け出や認可の引き継ぎが必須です。介護保険法に基づく介護保険施設を運営するためには、介護保険事業者としての指定申請が必要となります。株式譲渡によるM&Aでは、指定や許認可をそのまま引き継ぐことが可能ですが、事業譲渡の場合は新たに申請しなければなりません。
この申請プロセスには数か月を要することがあり、早めの準備と計画が必要です。スムーズな事業運営のためにも、譲渡側がどのような許認可を取得しているのかを事前に確認し、買収後の事業計画に支障が出ないように対応する必要があります。
介護業界におけるM&A、特に事業譲渡の場合には、有資格者の継続雇用が重要なポイントとなります。介護サービス提供には、特定の資格を持つ従業員が必須であるケースが少なくありません。例えば、通所介護サービスには社会福祉士や看護職員が必要です。M&A後にこれらの有資格者が退職してしまうと、事業の継続に支障が出る恐れがあります。
賃金体系や雇用条件は各社異なるため、M&A実施による従業員の不利益が生じないよう、売り手と買い手で事前に調整しましょう。従業員のキャリアパスや待遇に配慮し、彼らが安心して働き続けられる環境を整えることが大切です。
株式譲渡でのM&Aは賃貸借契約がそのまま引き継がれますが、事業譲渡では介護施設の土地や建物に関する賃貸借契約は自動的に引き継がれません。そのため、買い手企業は土地や建物のオーナーと新たに契約を結ぶ必要が生じます。
しかし、賃料や敷金の増額、その他の条件面で折り合いがつかないケースがあるため、注意が必要です。事業譲渡を行う際には、土地や建物の契約関連事項を早めに把握し、計画的に交渉を進めなければなりません。
また、この過程で施設の老朽化の程度や設備の耐用年数、建物の耐震対策なども確認しておく必要があります。
事業譲渡でM&Aを行う際には、売り手・買い手ともに、過去に介護施設の建設や設備増設などで補助金を受け取っているかどうか、必ず確認しましょう。事業譲渡の場合、過去に受け取った補助金の返済を行政から要求されるケースがあるためです。
返済が必要な場合、全額返済や一部返済が求められることがあります。特定の要件を満たすと返済が免除されることもありますが、管轄する行政機関によって異なるため、事前に問い合わせておきましょう。補助金の返済が事業の財務状況に影響を及ぼす場合もあるため、特に買い手側には慎重さが必要です。
介護業界でのM&Aを成功させるためには、知識ある専門家への相談をおすすめします。M&Aは複雑な手続きが伴うため、自社だけで進めるのは困難です。早い段階で専門家に相談すれば、業務への影響を最小限に抑えつつも納得のいく結果を目指せます。
介護業界のM&Aアドバイザーを選ぶ際の主なポイントは、次の4つです。
介護業界に精通したアドバイザーを選ぶことで、M&Aの円滑な進行が期待できるでしょう。また、専門家との相談を早めに始めれば、ベストなタイミングを逃さずに済みます。M&Aに関して不安や疑問を抱えているのであれば、早めに相談先を見付けましょう。
介護業界におけるM&Aは、市場の拡大や人材不足の解消、事業承継問題に異業種からの参入増加などを背景に活発化しています。譲渡側・譲受側ともに多くのメリットが得られるものの、デメリットや注意点もあるため、取引を成功に導くためにも専門家への早期相談が重要です。
業界トップクラスの実績を持つ株式会社レコフでは、各業界に精通した専門家によるサポートで戦略に沿ったM&Aの実現を支援します。最適な案件提案から完了まで、幅広いニーズに応えつつきめ細やかなサービスを提供可能な会社です。介護業界でのM&Aに関心がある方は、ぜひ一度お問い合わせください。
監修者プロフィール
株式会社レコフ リサーチ部 部長
澤田 英之(さわだ ひでゆき)
金融機関系研究所等で調査業務に従事後、政府系金融機関の融資担当を経て2005年レコフ入社。各業界におけるM&A動向の調査やこれに基づくレポート執筆などを担当。平成19年度農林水産省補助事業、食品企業財務動向調査委員、平成19年度内閣府経済社会総合研究所M&A究会 小研究会委員。著書・論文は「食品企業 飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-」(共著、株式会社ぎょうせい、2012年)、「データから見るIN-OUTの動向 -M&Aを通じた企業のグローバル化対応-」(証券アナリストジャーナル 2013年4月号、公益社団法人 日本証券アナリスト協会)など。
M&Aのことなら、
お気軽にご相談ください。
お電話で
お問い合わせ
営業時間 / 平日9:00〜18:00