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人材業界のM&A動向

業界別M&A

2024.10.22更新日:2024.10.22

人材業界は現代社会において欠かせない分野です。しかし、少子高齢化や経済の変動、新型コロナウイルスの影響といった要因により、厳しい状況に置かれている企業は少なくありません。近年は、事業再編や承継問題の解決など、主たる理由はさまざまであるものの、生き残りをかけたM&Aの動きが増えてきました。

当記事では、人材業界の概要や動向・課題を踏まえた上で、M&Aでの動向や譲渡側と譲受側の双方にとってのメリット、および注意点について解説します。人材業界におけるM&Aや実施する際の流れも紹介するため、ぜひ最後までお読みください。

目次

人材業界とは?

人材業界は、採用・組織・研修・人事制度といった人材面から、企業を支援する業界です。人材紹介や人材派遣、求人広告、人材コンサルティングなど、多様な方法で企業と求職者をつなぎます。社会貢献性が高く、今後も需要が高まると予想されている業界です。

株式会社矢野経済研究所が実施した調査によると、2022年度における人材関連ビジネス主要3業界の市場規模は9兆2,355億円となりました。

これは2021年度比で7.8%増で、プラス成長となった背景には、IT人材への需要の高まりや同一労働同一賃金制度による派遣人材の単価上昇などがあります。

また、新型コロナウイルスの影響で需要が落ち込んでいた業界も順調に回復を続けており、2019年度を上回る市場規模となりました。ただし、再就職支援業市場に関しては経済の正常化への動きや海外情勢の不安定さが影響し、大幅な縮小を見せています。

(出典:株式会社矢野経済研究所「人材ビジネス市場に関する調査を実施(2023年)」 https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3371 )

人材業界の主な領域

人材業界は幅広くさまざまな領域がありますが、主に4種類に大別できます。各領域の概要は次の通りです。

●人材紹介会社

人材紹介会社は、正社員や契約社員の採用を希望する企業と求職者をマッチングする事業です。新卒と中途採用の2つに分かれ、求職者のスキルや性格、キャリアプランと企業のニーズを照らし合わせてマッチングします。人材の採用が決まったときに紹介手数料を受け取る、成功報酬型のビジネスモデルが一般的です。

●人材派遣会社

人材派遣会社は、自社で雇用した労働者をほかの企業に派遣する事業です。労働者は、派遣先企業ではなく派遣会社と雇用契約を結びます。人材派遣会社は、派遣スタッフが働く間だけ派遣先企業から派遣手数料を得る仕組みです。

●人材コンサルティング会社

人材コンサルティングは、企業の人事戦略の立案や実行をサポートし、人材関連の課題解決を支援する事業です。採用から研修、人事制度まで幅広く対応します。報酬はプロジェクト単位での契約が一般的で、サブスクリプション型のサービスを提供する企業もあります。

●求人広告代理店

求人広告代理店は、求人を希望する企業から依頼を受け、求人情報をWebや雑誌に掲載する事業です。正社員からアルバイトまで取り扱う求人は幅広く、広告の作成を請け負う場合もあります。掲載された広告が採用に結びつかなくても、広告料金を企業から受け取ります。

人材業界の動向と今後の課題

人材業界では、時代の流れに合わせた新しいサービスの提供が求められるようになりました。テレワークの普及により、遠隔地でも働ける人材やその管理方法の需要が増しています。

また、終身雇用制度の崩壊リスクの高まりとともに、人材側の働き方に対する意識も変わりつつある状況です。雇用形態が多様化し、キャリアの選択肢も増えたため、人材業界はさまざまなニーズに合わせた事業展開が必須となりました。

国内中小企業の廃業率の上昇は、人材業界にも影響を及ぼしています。特に人材業界では「廃業は望んでいないが、後継者不足で廃業リスクが高まっている」というケースも少なくありません。このような状況下で生き残るには、人材業界でも持続可能な事業モデルの構築が必須です。

例えば、人材紹介会社では新たなキャリア形態への対応や、テレワークに適した人材の紹介が求められています。求人広告代理店であれば、デジタル化が進む中、オンラインでの魅力的な求人情報の提供が求められるといった具合です。自社のみで課題解決が困難な場合の解決策の1つとして、M&Aを実施する企業も増えてきました。

人材業界におけるM&A動向

人材業界におけるM&Aは活発化しており、その動向は多岐にわたります。特に増加傾向にあるのが、「大手企業による業界再編」「専門性の強化を目指すM&A」「経営者の事業承継に向けた売却の検討」です。

ここからは、人材業界における代表的なM&Aの動向を詳しく紹介します。

大手人材会社の業界再編が加速している

人材業界では、大手人材会社が中小規模の人材紹介会社の積極的な買収を進めており、業界の再編が加速しています。特に代表的な大手人材紹介会社が、「リクルートホールディングス」「パーソルホールディングス」「パソナグループ」の3つです。

これら市場の大きなシェアを占めている大手が、さらなる事業の拡大と盤石性の構築のため、M&Aにも本腰を入れています。一方、残りのシェアを巡って競争の激化が進む中小企業は、市場での生き残りをかけてM&Aを検討するところが増えてきました。

事業の専門性向上に向けたM&Aが増加している

競争が激化する人材業界では、事業の専門性を高める動きが活発です。多くの経営者は、専門性の強化が生き残りの鍵と捉えています。

しかし、自社内だけで優秀な人材の育成や確保をするのは容易ではありません。そのため、専門分野での実績が高い中小規模の人材紹介会社と大手企業、あるいは中小企業同士の間でのM&Aが増加しています。

事業承継に向けた売却を検討する経営者が増加している

人材業界では、事業継続の意思があるものの、後継者不足に直面している中小企業が少なくありません。この問題を解決するために、事業承継の手段としてM&Aを検討する企業が増えています。M&Aを通じて買い手企業が事業を引き継げば、後継者がいない状況でも企業の存続が可能となるためです。

また、従業員の雇用維持やM&A後の事業成長にも期待できます。特に人材紹介業界では、M&A後の人材育成方針変更により、売上を伸ばすケースも珍しくありません。

【人材業界】M&Aによる
「譲渡(売り手)側」のメリット

人材業界におけるM&Aは、「譲渡(売り手)側」の企業に多くのメリットをもたらします。代表的なのが、「売却による利益」「後継者不足の解決」「従業員の雇用維持、経営の効率化」の4つです。

ここでは、M&Aで譲渡側が得られるメリットをそれぞれ解説します。

メリット(1)売却益を得られる

M&Aで会社を手放せば、廃業とは異なり売却益を得られるのがメリットの1つです。廃業する場合、設備の処分や原状回復工事費、諸々の手続きなどの費用や手間が発生します。しかし、 M&Aを選択すれば、これらの廃業コストを避けることが可能です。

特に株式譲渡の場合、オーナーや株主は売却によって得られる対価を受け取れます。まとまった現金が手に入るため、譲渡側にとってメリットがあると言えるでしょう。

メリット(2)後継者不足を解消できる

中小規模の人材派遣会社の中には、経営者の引退時に後継者が不在で事業承継が困難なケースがあります。このような状況では、経営状態が良好であっても、廃業が唯一の選択肢となりかねません。

しかし、M&Aを活用すれば買収する企業が新たな事業承継先となり、企業の存続と事業の継続が可能になります。売却先が自社よりも規模が大きければ、売却後も安定した経営と自社の成長・発展が見込めるため、会社に愛着のある経営者や従業員にとってもよい選択と言えるでしょう。

メリット(3)従業員の雇用を維持できる

M&Aにおいては、買収後も従業員の雇用が維持されるケースが多い点が大きなメリットです。特に株式譲渡の場合、権利・義務が買収先へそのまま引き継がれます。

これにより、従業員との雇用契約だけでなく、従来の顧客との関係も維持されるため、従業員の安定した働き口を確保しつつ、企業の連続性も保てるでしょう。従業員の行き先に不安材料が少ない点は、売却側にとって重要な利点の1つと言えます。

メリット(4)「事業の選択と集中」による経営の効率化を図れる

M&Aは事業の選択と集中を目的としても有効です。複数事業を展開している企業が特定の事業に注力したいときには、売却によって資源の効率的な再配分が可能になります。

多角化戦略で展開していた事業の中には、市場動向や社会環境の変化により収支が悪化したり、採算が取れなくなったりするケースも珍しくありません。M&Aによって不採算部門を売却することで企業はコア事業への経営資源集中が可能となり、運営の効率化が図れます。

【人材業界】M&Aによる
「譲受(買い手)側」のメリット

人材業界のM&Aは、譲渡(売り手)側だけでなく、譲受(買い手)側にも大きなメリットがあります。譲受側は優秀な人材をまとめて確保できるほか、事業規模の拡大をスムーズに進めることが可能です。

ここでは、M&Aで譲受側が得られるメリットをそれぞれ解説します。

メリット(1)優秀な人材をまとめて確保できる

一括で優秀な人材を確保できるのは、M&Aにおける譲受側の大きなメリットと言えるでしょう。人材業界では人手不足が深刻となっており、優秀な人材を獲得するのは難しい状況です。1人の優秀な人材を得ること自体が困難ですが、M&Aであれば多くの優秀な人材をまとめて獲得できます。

特にITや医療など高い専門性が求められる分野では、スキルのある人材の確保が売上に直結する重要な要素です。専門分野に強みを持つ会社を買収すれば、その分野での事業拡大につながります。

メリット(2)事業規模のスムーズな拡大を図れる

M&Aは、譲受側にとって事業規模をスムーズに拡大する機会を提供します。特に同業種間のM&Aの場合、売却側企業の市場シェアや既存の顧客をそのまま獲得することが可能となるためです。これにより、新しい取引先の獲得や売上の増加にとどまらず、サービスの質向上や知名度の向上も期待できます。

同時に、優秀な人材を確保しやすくなり、業容のさらなる拡大も視野に入るでしょう。M&Aは、譲受側にとって多方面でのメリットをもたらす重要な戦略と言えます。

【人材業界】M&Aを実施する際の注意点

人材業界におけるM&Aの注意点を理解しておくと、トラブルを起こさずM&Aをスムーズに進行させられるでしょう。特に気をつけるべきは、「事業許可の引き継ぎ」「競業避止義務の発生」「登録者の個人情報流出リスク」の3点です。

ここでは、人材業界でM&Aを実施する際の注意点を紹介します。

事業に必要な許可の引き継ぎはできない

M&Aにおいて事業譲渡を選択した場合、有料職業紹介事業の許可は引き継がれない点に注意が必要です。買い手が有料職業紹介事業の許可を持っていない場合は、新たに許可を取得しなければなりません。

許可を持つ同業他社との事業譲渡なら、法人名などの変更に関する届け出をすれば許可を引き継ぐことができます。また、株式譲渡の場合は、会社が買い手の子会社という扱いになるため、既に取得した許可のみで事業継続が可能です。

会社法によって競業避止義務を負うこととなる

事業譲渡でM&Aを行う場合、会社法に基づく競業避止義務が生じる点に注意しなければなりません。競業避止義務とは、 事業譲渡を行った会社が、譲渡した事業と同一の事業を同一区市町村および隣接区市町村で20年間行えないと定めた義務のことです。

(出典:e-Gov 法令検索「平成十七年法律第八十六号 会社法」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=417AC0000000086 )

しかし、この義務については、買収側との交渉によって避止期間を短縮したり、対象エリアを狭めたりすることができます。将来的に同業種での再参入を検討している場合は、この点を買収側と入念に交渉しておきましょう。

登録者の個人情報流出リスクが少なからずある

人材業界でM&Aを行う際、登録者の個人情報流出リスクへの対策が必須です。事業を売却する際には、登録者の住所やマイナンバーなどの個人情報を開示する場合があります。

情報授受の過程で求職登録者の個人情報が外部に漏れないとは限らないため、十分に注意しなければなりません。個人情報の取扱いに関する法律や規制を遵守し、適切なセキュリティ対策を講じることが、トラブルを防ぐ上で重要になります。

人材業界におけるM&A事例

人材業界におけるM&Aを成功させるためには、すでに成功を収めている事例を参考にするのも有効となります。以下は、上場企業による人材業界のM&A事例です。

●ツナググループ・ホールディングス×GEEK社

ツナググループ・ホールディングスは、2020年3月に株式会社GEEK社を1億3,000万円で買収しました。

譲渡(売り手)側 株式会社GEEK社
譲受(買い手)側 ツナググループ・ホールディングス
M&Aの目的 HRテック系サービスの新規開発に向けたリソースと知見の獲得
M&Aのスキーム 株式買収

ツナググループ・ホールディングスは、RPO(採用業務アウトソーシング)を主軸に事業を展開する会社です。WEBサイト制作や求人系システム開発に強い会社の買収により、ツナググループはIT技術と業界知見を組み合わせた新サービスの開発を加速させています。

●エンジャパン×株式会社Brocante

エン・ジャパン株式会社は、2019年12月、フリーランス向けIT案件サイト「フリーランススタート」を運営する株式会社Brocanteを買収しました。

譲渡(売り手)側 株式会社Brocante
譲受(買い手)側 エン・ジャパン株式会社
M&Aの目的 テクノロジー強化と新規事業領域の獲得
M&Aのスキーム 簡易株式交換

エン・ジャパン株式会社は求人情報サービスの大手企業です。株式会社Brocanteへは、約6億円相当のエン・ジャパン社株式が対価として支払われています。この買収により、エン・ジャパンはテクノロジーの強化と新規事業領域への進出にかける時間を、大幅に短縮しました。

人材業界におけるM&Aの流れ

人材業界におけるM&Aの流れは、おおよそ以下のように進みます。

(1)M&Aアドバイザーの選定

まず、人材業界に強いM&Aアドバイザーを選定します。M&Aアドバイザーは、売り手・買い手探しや条件交渉、契約書の作成などを支援する会社です。

(2)買い手の探索

次に、M&Aアドバイザーが交渉相手を探します。候補が複数いる場合も珍しくありません。自社に最適な条件の企業を慎重に選ぶことが大切です。

(3)条件交渉

条件が適合する企業が見つかれば、秘密保持契約を結んで具体的な条件の交渉を開始します。売却・買収価格や従業員の取り扱いなど、多くの項目を詰める段階です。

(4)基本合意の締結

条件が決まったら、基本合意書を結びます。この時点では法的拘束力はありませんが、交渉内容を明確にする重要なステップです。

(5)デューデリジェンスの実施

買い手企業が、売り手企業の詳細な調査を行います。この結果をもとに決定されるのが最終的な売買価格です。

(6)最終契約の締結

売り手企業と買い手企業の双方が交渉内容に同意できたら、最終契約が締結されます。この契約は法的拘束力を持ちます。

(7)クロージング

M&Aが成立した後は、株式の交付や対価の支払いなど、クロージングの手続きに移ります。これでM&Aのプロセスは完了です。

人材業界におけるM&Aは、専門的な知識が必要です。そのため、人材業界に強いM&Aアドバイザーや、幅広い業界でのM&A実績を誇るM&Aアドバイザーの選定をおすすめします。

まとめ

人材業界は、テレワークの推進や働き方の変化にともない、多様なニーズに対応する事業展開が必要な時代となりました。経営者の高齢化による後継者不足も問題となっており、M&Aが重要な戦略として注目されています。

M&Aには売り手と買い手双方にメリットがある一方で、注意すべき点も少なくありません。M&Aの成功には、業界の知識が豊富でリアルタイムの動向を把握した専門家のサポートが不可欠です。人材業界のM&Aを検討している方は、業界に精通したアドバイザーがサポートを提供する「株式会社レコフ」へご相談ください。

監修者プロフィール

株式会社レコフ リサーチ部 部長

澤田 英之(さわだ ひでゆき)

金融機関系研究所等で調査業務に従事後、政府系金融機関の融資担当を経て2005年レコフ入社。各業界におけるM&A動向の調査やこれに基づくレポート執筆などを担当。平成19年度農林水産省補助事業、食品企業財務動向調査委員、平成19年度内閣府経済社会総合研究所M&A究会 小研究会委員。著書・論文は「食品企業 飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-」(共著、株式会社ぎょうせい、2012年)、「データから見るIN-OUTの動向 -M&Aを通じた企業のグローバル化対応-」(証券アナリストジャーナル 2013年4月号、公益社団法人 日本証券アナリスト協会)など。

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