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調剤薬局業界のM&A動向

業界別M&A

2025.03.21更新日:2025.03.21

近年、調剤薬局業界の市場は拡大が進んでいます。高齢者の人口増加が右肩上がりの日本では、今後も医療や調剤薬局への需要が増え続けると予測されています。

しかし、調剤薬局業界ならではの課題に頭を悩ませている経営者も少なくありません。調剤薬局業界で生き残るためには、M&Aを視野に入れて今後の対策を検討する必要があります。

今回は、調剤薬局業界の市場動向と改善すべき課題、M&Aのメリット・デメリットについて解説します。M&A事例も紹介するため、ぜひ参考にしてください。

目次

調剤薬局業界とは?

調剤薬局とは、医療機関が発行する処方箋の内容に従い必要な医療用医薬品を処方する薬局です。薬の調剤だけでなく購入者への医薬品の情報提供や服薬指導も行います。

調剤薬局を営むには、都道府県知事の許可が必要です。薬剤師の常駐や管理薬剤師の配置など、様々な基準をクリアしなければ調剤薬局は開業できません。管理薬剤師は、医薬品の管理や在籍する薬剤師の統括などの役割を担うポジションです。

昔は診察から調剤までをすべて医師が行っていたものの、時代の変化とともに医薬分業が広まり、現在では医薬分業率が75%を超えています。
一般医薬品を中心に取り扱うドラッグストア業界は、大手企業の寡占化が進んでいるのに対して、調剤薬局業界は中小規模の事業者が多いことが特徴です。

調剤薬局業界の市場動向

調剤薬局業界の市場規模は、拡大傾向が続いています。
調剤薬局の施設数の推移は、下記の通りです。

 施設数前年比
2019年 60,171施設 558施設(0.9%)増加
2020年 60,951施設 780施設(1.3%)増加
2021年 61,791施設 840施設(1.4%)増加
2022年 62,375施設 584施設(0.9%)増加
2023年 62,828施設 453施設(0.7%)増加

(出典:厚生労働省「令和元年度衛生行政報告例の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/19/dl/gaikyo.pdf )

(出典:厚生労働省「令和2年度衛生行政報告例の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/20/dl/gaikyo.pdf )

(出典:厚生労働省「令和3年度衛生行政報告例の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/21/dl/gaikyo.pdf )

(出典:厚生労働省「令和4年度衛生行政報告例の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/22/dl/gaikyo.pdf )

(出典:厚生労働省「令和5年度衛生行政報告例の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/23/dl/gaikyo.pdf )

2023年の調剤薬局数は、2019年と比較すると2,600施設以上増加しています。
市場規模が拡大している主な理由は、下記の通りです。

  • 地域医療の強化
  • 処方箋の処理件数の増加
  • 積極的なM&Aの実施


厚生労働省では、調剤薬局が地域住民の健康を医薬品によって管理することを目的とした取り組みに力を入れています。
住宅医療や介護施設を利用する方の処方箋の処理件数が増加していることも、調剤薬局数が増加している理由の1つです。
近年は、地域に密着した家族経営を中心とした小規模薬局や、利便性に優れた調剤薬局併設型のドラッグストアも増えています。

調剤医療費の推移は、下記の通りです。

 調剤医療費
2019年 77,464億円
2020年 75,447億円
2021年 77,515億円
2022年 78,821億円
2023年 83,007億円

(出典:厚生労働省「「令和5年度 調剤医療費(電算処理分)の動向」を公表します~調剤医療費(電算処理分)の年度集計結果~」https://www.mhlw.go.jp/topics/medias/year/23/dl/gaiyo_data.pdf )


新型コロナウイルス感染症の拡大により調剤薬局の利用者が減ったことで、一時的に調剤医療費は減少しました。しかし、新型コロナウイルス感染症の終息とともに、調剤医療費の推移は回復しています。

調剤薬局業界の現況と課題|M&Aが加速する背景

調剤薬局業界では、M&Aの需要が高まっていることが特徴です。業界内でM&Aが加速する背景には、調剤薬局の様々な現況と課題が大きく影響しています。

以下では、調剤薬局業界の現況と課題を項目ごとに詳しく解説します。

調剤報酬や薬価のマイナス改定による利益の減少

調剤報酬や薬価のマイナス改定により、利益の減少に悩む調剤薬局も少なくありません。 調剤報酬は2年に一度診療報酬改定が行われ、薬価は毎年見直されます。国は医療費削減を目的に調剤報酬や薬価を下げる傾向にあります。 特定の医療機関からの処方箋を多く取り扱う調剤薬局や薬中心の対物業務に専念している大手調剤チェーンは、低い調剤報酬が適用されているのが現状です。 大手調剤チェーンの中には、事業拡大によるスケールメリットを狙ってM&Aを実施する企業が増えています。利益の減少により経営に不安を抱える小規模調剤薬局の場合は、大手の傘下に入ることで事業存続を狙うケースが多く見られます。

慢性的な薬剤師不足

調剤薬局業界は、慢性的な薬剤師不足が続いている状況です。少ない人数でなんとか仕事をこなしているケースも珍しくありません。 調剤薬局が慢性的な薬剤師不足に陥っている主な理由は、下記の通りです。

  • 薬剤師になるまでに最短で6年かかる
  • 調剤薬局の増加により需要が追いついていない
  • 潜在薬剤師が多い


薬剤師を目指すには、薬学部における6年の課程修了が必須です。調剤薬局自体は増加傾向にあるものの、需要に追い付かず慢性的な人材不足が続いています。 また、ライフイベントを機に離職して復職できずにいる人や治験コーディネーターやMRとして働く人がいるなど、潜在薬剤師が多いことも理由の1つです。

「かかりつけ薬局」への移行や「かかりつけ薬剤師」の導入の必要性

政府は、患者本位の医薬分業の実現のために「かかりつけ薬局」への移行や「かかりつけ薬剤師」の導入を推進しています。2035年を目安に、かかりつけ薬剤師への再編を目指しています。 かかりつけ薬剤師が行う一部の業務は、薬学管理料として「かかりつけ薬剤師指導料」が加算される仕組みです。かかりつけ薬剤師には、薬中心の対物業務ではなく患者中心の対人業務が求められます。医薬品に関する専門性はもちろん、コミュニケーション能力も必要です。 かかりつけ薬局への移行やかかりつけ薬剤師の導入には、在宅患者への対応や人材の確保、設備投資などにコストがかかります。

大型調剤薬局と小規模な調剤薬局の二極化

調剤薬局業界は、個人薬局が多く大手調剤薬局の占有率は低いことが特徴です。 近年、事業継続のために大手との合併によるM&Aを選択する小規模な調剤薬局が増えており、今後は大型調剤薬局と小規模な調剤薬局の二極化がさらに進むと考えられています。

調剤薬局の施設数の増加が続いて飽和状態になれば、新規出店が難しくなりM&Aによって市場シェアを伸ばそうとする大手調剤薬局が増える可能性もあります。「かかりつけ薬局」への移行が進められる中、消費者の生活に欠かせない業界との異業種M&Aの需要も高まるでしょう。

【調剤薬局業界】M&Aによる「譲渡側」のメリット・デメリット

調剤薬局業界のM&Aには、メリットとデメリットの両方があります。M&Aを成功につなげるために、どのような影響が起こり得るのか知っておくことが大切です。 ここでは、調剤薬局業界のM&Aにおける譲渡側のメリット・デメリットを詳しく解説します。

メリット

M&Aによる譲渡側の主なメリットは、以下の通りです。

●事業継続の安定が見込める

大手企業とのM&Aが実現すれば、資金や人材等の経営資源を活用して事業継続の安定が見込めます。設備投資や薬剤師の確保などに課題を抱えている調剤薬局にとって、M&Aは課題解決に繋がる効果的な手段です。

●創業者利益を獲得できる

M&Aにより調剤薬局を売却すると、経営者には創業者利益が発生します。税金を差し引いても十分な資金を手にできる可能性があります。老後資金や新規事業の立ち上げに使う資金など、自由に使えるお金を確保できるのは大きなメリットです。

●後継者問題を解決できる

調剤薬局業界には、後継者問題に悩む経営者が数多くいます。事業継承できる人がいない場合、廃業かM&Aのいずれかを選択しなければなりません。M&Aを選択すれば、薬剤師や従業員は働く場を失わずに済み、顧客もこれまで通り調剤薬局を利用できます。


M&Aの実施は、経営者だけでなく従業員や顧客にとってもメリットがあります。

デメリット

M&Aによる譲渡側の主なデメリットは、以下の通りです。

●経営の権限が制限される

M&Aで大手の傘下に入る場合、経営方針や人事などはすべて譲受側の方針に従わなければなりません。買収前に経営の権限について交渉も可能ですが、基本的には譲受側の意向が通りやすい傾向にあります。

●処方箋の発行元との関係性が悪くなる可能性がある

M&A先の印象が悪いと、処方箋の発行元である医療機関から取引が停止される可能性もあります。場合によっては、譲受側から取引NGの方針が伝えられることもあり得るでしょう。

●従業員の待遇が悪化するリスクがある

M&Aには、従業員の待遇が悪化するリスクがあります。勤務先や雇用条件の変更など待遇が大幅に変われば従業員の不安や不満は大きくなり、離職につながることもあります。


M&Aによって取引先や従業員との関係性が悪化しないように、説明の場を設けることが重要です。譲受側に対しても、要望があればしっかり交渉しておきましょう。

【調剤薬局業界】M&Aによる「譲受側」のメリット・デメリット

調剤薬局業界のM&Aによるメリット・デメリットは、譲受側にも存在します。メリットだけでM&Aの実施を考えるのではなく、デメリットにも目を向けて対策を講じることが大切です。

ここからは、調剤薬局業界のM&Aにおける譲受側のメリット・デメリットを詳しく解説します。

メリット

M&Aによる譲受側の主なメリットは、以下の通りです。

●薬剤師や登録販売者を確保できる

人材不足に陥っている調剤薬局業界において、薬剤師や登録販売者を確保できるのは大きなメリットです。かかりつけ薬局への移行やかかりつけ薬剤師の導入もスムーズに進めやすくなります。

●スケールメリットを享受できる

事業拡大により一度に仕入れる医薬品の量が多くなれば、仕入れコストを抑えることができます。他にも、経営の効率化や売上アップ、販売エリアの拡大など様々なスケールメリットが得られるでしょう。

●設備や顧客を引き継げる

調剤薬局の新規出店や事業立ち上げには、多くの時間とコストがかかります。一方、M&Aはすでにある設備や顧客を引き継げるため、時間とコストを抑えつつスピーディーな新規出店や事業の立ち上げを実現できます。


譲受側にとって、M&Aの実施は経営の安定や事業拡大の近道です。株式譲渡の場合は、許認可の手続きを省略できます。

デメリット

M&Aによる譲受側の主なデメリットは、以下の通りです。

●マイナスの財産を引き継ぐリスクがある

M&Aを実施すると、譲受側は譲渡側の資産や負債をすべて引き継ぐことになります。簿外債務も引き継がなければならず、場合によっては大きな損失を被るリスクがあります。

●期待していた人材が離職・流出する可能性がある

M&Aによって待遇が変わったり人間関係に問題が発生したりすると、仕事へのモチベーションが下がって離職を招きやすくなるため注意しましょう。優秀な人材が離職・流出すれば、大きな痛手となります。

●紛争が起こるリスクがある

M&Aによる紛争が増えているため、相手企業や仲介会社選びは慎重に行いましょう。紛争が起これば、解決のために時間や資金が必要になります。


友好的なM&Aだと思っていても、実際に買収してみると損失につながる要素が含まれていることもあります。様々な想定をした上で、実りの多いM&Aを目指しましょう。

調剤薬局M&Aの価格相場が決まる3つの指標

調剤薬局におけるM&Aの価格相場は、「営業権価格」「時価純資産価額」「ひと月あたりの技術料と処方箋応需枚数」の3つの指標から求められます。 価格相場を掴めていると、適正な評価でのM&Aを実現しやすくなります。

3つの指標の特徴と価格・価額の求め方は、以下の通りです。

●営業権価格

営業権とは、営業利益に将来収益を生み出す元となる無形資産の付加価値を加えて算出したものです。「1年間で得られる利益=調剤薬局の価値」と言えます。

将来収益を生み出す元となる資産には、人材・ノウハウ・ブランド力などが挙げられます。ただし、経営上のリスクとなるものがあれば、差し引いて計算します。営業権価格は、3~5年の利益を見込んで「1年の営業権×3~5年分」で求めるのが一般的です。

●時価純資産価額

時価純資産価額とは、貸借対照表に記載されている資産をもとに算出した価額です。譲渡側の資産から負債を差し引いて、時価に換算して求めます。調剤機器や在庫の医薬品なども資産として評価します。

●ひと月あたりの技術料と処方箋応需枚数

ひと月あたりの技術料と処方箋応需枚数もチェックすることで、1か月あたりの売上予測が可能です。収益に関する要素であるため、双方にとって重要なポイントです。


3つの相場を合わせることで、基準となる取引価額が決定します。ただし、実際の価格は交渉によって決まります。交渉次第では、相場より高いまたは低い価格でM&Aが成立することもあるでしょう。

調剤薬局業界における主なM&A事例3選

調剤薬局業界におけるM&Aを成功させるためには、事例を参考にするのも有効です。
以下では、調剤薬局業界でどのようなM&Aが行われているのか、事例を3つ挙げて詳しく紹介します。

アインホールディングス×ファーマシィホールディングス

アインホールディングスは、2022年5月にファーマシィホールディングスを完全子会社化しました。

譲渡側 ファーマシィホールディングス
譲受側 アインホールディングス
M&Aの目的
  • 店舗網の拡充
  • 地域医療インフラとしての企業価値の向上
M&Aのスキーム 株式譲渡

アインホールディングスは、調剤薬局やドラッグストアのチェーン店を運営する業界最大手の企業です。ファーマシィホールディングスは、中国地方を中心に調剤薬局を展開しています。

それぞれが地域医療との連携に力を入れており、経営理念の共通点が多いことが特徴です。M&Aにより、相互の事業ノウハウを融合させた事業展開を進めています。

ウエルシアホールディングス×ウエルシア薬局&金光薬品

ウエルシアホールディングスは、2022年6月に完全子会社のウエルシア薬局と金光薬品の合併を行いました。

譲渡側 金光薬品
譲受側 ウエルシア薬局
M&Aの目的
  • グループの事業基盤の強化
  • 経営資源の効率的な活用
M&Aのスキーム 吸収合併

ウエルシアホールディングスは、調剤薬局併設型を含むドラッグストアを全国展開する大手企業です。完全子会社間の吸収合併を行うことで、本部機能の効率化や売上シェアの拡大を目指しています。

ココカラファイン×イー・ウェル&ウェル・サポート&メディカル・サポート

ココカラファインは、2021年7月に調剤薬局を展開する3社を子会社化しました。

譲渡側
  • イー・ウェル
  • ウェル・サポート
  • メディカル・サポート
譲受側 ココカラファイン
M&Aの目的
  • 地域におけるヘルスケアネットワークの構築
  • 事業規模の拡大
M&Aのスキーム 株式譲渡

ココカラファインは、調剤薬局業界とドラッグストア業界でブランド力のある大手企業です。子会社化された3社は、いずれも三重県で調剤薬局を1店舗ずつ経営しています。 M&Aにより、ココカラファインは同エリア内に複数のチェーン店舗を出店するドミナント戦略を実施しています。

調剤薬局のM&Aを成功させるためには

調剤薬局のM&Aは、薬価関係規約や医療機関との関係性、薬剤師の状況把握などが大切です。通常のM&Aとは異なる点も多く、独自にM&A先を見つけたり交渉を進めたりするのは難しいと言えます。

調剤薬局のM&Aを成功させるには、M&Aアドバイザーのサポートを受けることが重要です。M&Aアドバイザーに依頼すると、M&Aで注意すべきポイントをしっかりおさえて交渉を進めてもらえます。

M&Aアドバイザーを利用する場合は、「調剤薬局業界に精通したアドバイザーが在籍しているか」「業界内のM&A実績が豊富か」に注目して選びましょう。

まとめ

調剤薬局業界では、慢性的な薬剤師不足や患者本位の医薬分業の実現に向けた対応など、様々な課題を抱えています。課題を解決するために、M&Aを実施する調剤薬局も増加しています。

調剤薬局業界のM&Aを検討している方は、業界内の市場動向や課題、メリット・デメリットを把握しておくことが大切です。また、実際に行われたM&A事例を参考にすると、M&Aのイメージを膨らませやすくなります。

まずは、調剤薬局業界の情報に詳しいM&Aアドバイザーに相談してみましょう。

監修者プロフィール

株式会社レコフ リサーチ部 部長

澤田 英之(さわだ ひでゆき)

金融機関系研究所等で調査業務に従事後、政府系金融機関の融資担当を経て2005年レコフ入社。各業界におけるM&A動向の調査やこれに基づくレポート執筆などを担当。平成19年度農林水産省補助事業、食品企業財務動向調査委員、平成19年度内閣府経済社会総合研究所M&A究会 小研究会委員。著書・論文は「食品企業 飛躍の鍵 -グローバル化への挑戦-」(共著、株式会社ぎょうせい、2012年)、「データから見るIN-OUTの動向 -M&Aを通じた企業のグローバル化対応-」(証券アナリストジャーナル 2013年4月号、公益社団法人 日本証券アナリスト協会)など。

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